提言全文:自由民主党 新しい資本主義実行本部 リ・スキリング・労働移動・構造的な賃上げ小委員会 提言
自由民主党 新しい資本主義実行本部
リ・スキリング・労働移動・構造的な賃上げ小委員会
提言
令和 5 年 4 月 25 日
Ⅰ.基本的な考え方
○我が国の賃金水準は、バブル崩壊以降の長引くデフレと低成長等を背景に、 長期にわたり低迷した。この間、企業は人に投資せず、個人は自己啓発を行 わない状況が継続してきた。
○デジタルやグリーンといった新たな潮流は、必要とされるスキルや労働需要を大きく変化させる。特に、人生 100 年時代に入り就労期間が長期化する一 方で、様々な産業の勃興・衰退のサイクルが短期間で進む中、誰しもが生涯 を通じて新たなスキルの獲得に努める必要がある。しかし、現実には、働く 個人の多くが受け身の姿勢で今の企業や現在の状況に安住しているとの指摘もある。
○問題の背景には、年功賃金制などの「日本型雇用システム」がある。評価・ 賃金の「客観性」と「透明性」が十分確保されていないため、企業内で、個人がどう頑張ったら報われるかが分からず、企業を超えた職務やスキルの市場価値等の基準もないため、転職しにくく、転職したとしても給料アップに 繋がりにくいことが指摘される。また、やる気があっても、スキルアップや 学ぶ機会へのアクセスの「公平性」も十分確保されていないとの指摘もある。
○こうしたシステムを大胆に変えて、希望する個人が、年齢、性別を問わず、 将来の労働市場の状況やその中での働き方の選択肢を把握しながら、生涯を 通じて自らの生き方・働き方を選択でき、自らの意思で、企業内での昇任・ 昇給や転職による賃上げ、更にはスタートアップへの労働移動の機会の実現のために主体的に学び、努力に応じて報われる社会を創っていく必要があ る。
○企業側の変革も待ったなしである。企業が人への投資を怠っている間に、諸外国との賃金格差は拡大し、先進諸国間のみならず、アジアにおける人材獲 得でも劣後するようになってしまった。グローバル市場で競争している一部 の業種・企業を中心に、人材獲得競争の観点から「ジョブ型雇用」の人事制度を導入する企業等も増えつつあるが、そのスピードは十分ではなく、「人的資本」こそ企業価値向上のカギとの認識のもと、人への投資を抜本強化す るとともに、変化への対応を急ぐ必要がある。
○こうした状況では、働き手と組織の関係も、閉鎖的・従属的な関係から、より対等で「選び、選ばれる」関係へと変化する。一人ひとりが主役となっ て、「キャリアは会社から与えられる」ものから「一人ひとりが自らの意思 でキャリアを築き上げる」時代へと、官民の適切なサポートを受けられるよ うにしながら変えていく必要がある。
○このため、「公平性」、「客観性」、「透明性」が確保された雇用システムへの 転換を図ることを通じて、①リ・スキリングによる能力向上、②職務に応じた適正なスキルの評価、③自らの選択による主体的な労働移動の円滑化とい う三位一体の労働市場改革を行うことが急務である。これにより、構造的に賃金が上がっていく仕組みを作っていく。
○この際、こうした改革には時間を要するものも含まれることから、一定期間 ごとにその進捗を確認し、計画的に見直しを行っていくことも求められる。 また、改革への対応は、業種別にも大きく異なることが想定されるため、業所管省庁との連携により、きめ細かな対応も求められる。
○また、構造的な賃上げを行っていくためには、我が国の雇用やGDPの7割を占める中小企業の対応もカギとなる。三位一体の労働市場改革と平行し て、改めて「中小企業の賃上げには労務費の適切な転嫁を通じた取引適正化 が不可欠である」という考え方を社会全体で共有し、賃上げの原資を確保し、「成長と“賃金上昇”の好循環」を実現する価格転嫁対策を徹底する必 要がある。
○併せて、こうした取組と生産性向上支援の取組を通じて、地域の「人手不足」対策や、働く個人が安心して暮らすことができる「最低賃金」の引上げ を実現する。
○これらの改革に、官民を挙げて、大胆に取り組むことを通じて、国際的にも競争力のある労働市場をつくっていく。
Ⅱ.改革の方向性
○労働市場改革を進めるに当たり、その前提として、在職中からのリ・スキリ ング支援や主体的な労働移動に資する支援策等を通じた雇用のセーフティネ ット機能をしっかりと確保・拡充していくことが重要であり、民間企業の力も活用しつつ、官民一体となったリ・スキリングやマッチング機能の強化が求められるが、その際、以下の3つの視点が重要。
―第一に、まずは、企業内の人事・賃金制度の改革などにより内部労働市場が 活性化されてこそ、外部労働市場、つまり労働市場全体も活性化するということ。このため、「人的資本」こそ企業価値向上のカギとの認識のもと、企 業内の人事・賃金制度の改革を見直しの中核に位置付けつつ、「労働移動」 という概念に対する不安感や拒否感を徐々に払拭するとともに、「人への投 資」の抜本強化などを通じて仮に転職されても将来戻ってきてもらえるよう な良い人材を惹きつける企業を増やしていくことが重要。
―第二に、今回の一連の改革は、雇用慣行の実態が変わりつつある中で、働く個人にとっての雇用の安定性を新たな形で保全しつつ、構造的な賃上げを引き起こそうとするもの。働く個人の立場に立って、女性や中高年齢者等を含 め、多様なキャリアや処遇の選択肢が提供され、その上で円滑な労働移動が確保されるようにすべき。
―第三に、こうした改革を中小企業の成長機会にもつなげていくことが重要。 大企業の人事制度が柔軟なものになれば、例えば、副業・兼業等を通じて人手不足に直面する地域の中小企業への人材支援にもつながる。また、併せて 価格転嫁対策を徹底的に講じることにより、中小企業の収益確保に万全を期すとともに、賃上げにつなげていくべき。
○上記視点を十分に踏まえつつ、以下の3つの柱に沿って労働市場改革を進めることとする。合わせて、一定期間ごとにその進捗を確認し、計画的に見直しを行っていく。
1.国際的な人材獲得競争の中で日本の労働市場の魅力を高めるためにも、年功賃金ではなく、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映され る人事・賃金制度の導入などを通じて「人への投資」を抜本的に強化するこ と。
2.リ・スキリング支援の在り方を「企業経由中心から個人への直接支援中心 へ」と転換すること。
3.官民連携を一層強化しつつ、教育段階におけるキャリア形成と高度人材の育成を進めること。
Ⅲ.具体的な方策
1.国際的な人材獲得競争の中で日本の労働市場の魅力を高めるためにも、年功賃金ではなく、職務に応じてスキルが適正に評価され、賃上げに反映される人事・賃金制度の導入などを通じて「人への投資」を抜本的に強化するこ と。
(1)経営への働きかけ
企業自ら作り上げてきた人事・賃金制度の自己改革や「人への投資」の 抜本強化を促すため、政府は、こうした企業の人事・賃金制度改革が広がるための日本型の「ジョブ型」システム導入に向けた指針を提示するとも に、投資家への人的資本情報開示政策と組み合わせながら、経営陣にピアプレッシャーが働くようにすべきである。
① 日本型の「ジョブ型」システム導入に向けた指針の策定
「ジョブ型」システムについて、その導入の必要性、定義を明らかにするとともに、個々の企業特性の違いに応じて参考に資するよう、既に 導入している企業の事例を示すなどして、日本企業に提示を行うととも に、こうしたシステムの下での目安や留意点(職務等級・役割等級、職 務記述書(JD)、職務分析、職務評価や人材育成方法、業務の改善・向 上を促すためのPIP(Performance Improvement Plan:業績改善計画) の運用方法、労働条件明示の仕方等)を整理し、参考に供すべきである。
② 人的資本情報の開示の実効性の強化
有価証券報告書における人材関連情報の記載の義務化、コーポレー ト・ガバナンスコードにおける人的資本情報の開示要請や、米国におけ る賃金の透明化に関する法律施行の動きを踏まえ、自社の人事制度改革 の取組状況が適切に投資家から評価される環境整備を行うべきである。
(2)スキルに基づく人事・賃金制度を下支えするための制度的対応
労働市場に影響を及ぼす制度は、労働法制のみならず年金制度を含め多 様なものが存在するが、まずは有識者の多くが指摘する以下の課題への対応が必要。
① 同一労働同一賃金の徹底した施行
同一労働同一賃金の取組が不十分な企業に対しては機動的に指導・助言等の行政指導が行われるよう、関係機関の体制を強化すべきである。
② 自己都合で離職した場合の失業給付の在り方の見直し
主体的な労働移動の円滑化を図るため、自己都合で離職した場合の失業給付の給付制限期間(求職申込後2か月又は3か月)の要否を含め、 失業給付の在り方の見直しを行うべきである。
③ 退職所得課税の見直し
現在の退職所得課税の仕組みは、長期勤続(勤続年数20年以上)を 過度に優遇するものとなっており、既に働き方に対して中立的でない状態になっている。制度変更に伴う影響に留意しつつ、1年当たりの控除 額が勤続年数によって変わらない形となるよう、見直しを行うべきである。
④ 雇用調整助成金の見直しによるリ・スキリングの強化
雇用調整助成金は、リーマンショック、コロナ禍等の急激な経済情勢 の悪化に対する雇用維持策としての重要な役割を果たしたが、その長期 化に伴い、円滑な労働移動を阻害しているのではないかとの指摘もあ る。このため、在職者によるリ・スキリングを強化するため、休業によ る雇用調整よりも教育訓練による雇用調整を選ぶことが有利となるよ う、支給率及び追加支給額を含め、検討すべきである。同時に、新たな経済危機の際には機動的に支給要件の見直しができるようにしておくべきである。
(3)中小企業等の賃上げに向けた環境整備等
中小企業の賃上げには、「成長と“賃金上昇”の好循環」を実現する価格 転嫁対策や生産性向上支援が不可欠であり、こうした取組を通じて、地域 の「人手不足」や国際的な「人材獲得競争」に勝てるようにする。
① 適切な価格転嫁対策や、下請取引の適正化の推進
中小企業等も含めた賃上げ実現には、労務費の適切な転嫁を通じた取 引適正化が不可欠であり、物価上昇に負けない、適切な賃上げ原資の確 保を含めて、適正な価格転嫁の慣行をサプライチェーン全体で定着させていく必要がある。このため、政府は、より一層、転嫁対策、下請取引の適正化に取り組むとともに、労務費の転嫁状況について業界ごとに実態調査を行った上で、労務費の転嫁の在り方について指針を示すべきである。
② 中小企業の生産性向上支援策の推進
中小企業等の賃上げ実現に向けて、政府は、賃上げ税制や補助金等における賃上げ企業の優遇や、ものづくり補助金、事業再構築補助金等を通じ た生産性向上などへの支援の一層の強化に取り組むべきである。
また、自動車産業において行われている「ミカタ」プロジェクト等を参考に、サプライヤーの人材に対するリ・スキリング実施とこれらの中小企 業向け補助金による一体的な支援を他分野にも横展開していくべきである。
③ 最低賃金の引上げ生活するのに十分な最低水準の所得が確保されていることは、個人の リ・スキリングへの意欲向上にとっても必要不可欠。地域間格差の是正や、今年中の1000円への引き上げの検討を含め、更に適切な水準への引き上げを加速すべきである。
(4)国家公務員の育成・評価に関する仕組みの改革 企業における改革を進めるためには、「まず塊より始めよ」の精神で、国家公務員の育成や評価に関する仕組みもアップデートするとともに、こうした動きを地方公務員や独立行政法人等にも波及させていくことが必要である。
① 全省庁横断の人事データベースの構築
現在、国家公務員の職歴、身に付けているスキル・専門性、達成した 成果や経験値は、各省庁においてばらばらに管理されており、様式も統一されていない。そもそも省内ですらデータベースが統一されていない 場合もある。不確実性の高い時代となり、未曾有の危機に対して政府一体となった政策対応が求められるようになっている中で、まずこれが整 わないことには、既に適材適所の任用は不可能となっている。全省庁横断の人事データベースを構築すべきである。
② キャリアパスと必要なスキル・専門性の明確化
キャリアパスと必要なスキルについても、時代に合わせた再定義が必 要である。社会問題の複雑化や技術の高度化に伴い、世界中で、政策担当者には高いスキル・専門性が求められるようになっており、かつ、そ うした専門性を持つ者が幹部として陣頭指揮を執るべき時代となってい る。「どのようなスキル・専門性を身に付けた者がどのようなキャリアパ スを歩めるのか」を明確化させるべきである。また、こうした作業を行 う中で、国家公務員が経験を積むにつれて備えていくことのできるコンピテンシーの整理・見える化も、行っていくべきである。
③ 研修内容のアップデートと受講管理・人事評価への紐付け
必要なスキル・専門性が明確化されたところで、これに応じたリ・ス キリングを、一人ひとりの国家公務員が行動に移さなければ意味がない。現在、座学が中心となっている研修を、例えば参加型の形式のものを増加させるなど必要なアップデートを行うとともに、研修の受講管理 を行うための仕組みを導入し、その結果を人事評価に反映させるようにすべきである。
2.リ・スキリング支援の在り方を「企業経由中心から個人への直接支援中心 へ」と転換すること。
① リ・スキリング支援策における個人への直接支援への重点化
企業による「人への投資」の飛躍的強化の必要性は当然の前提とし て、現状、国からのリ・スキリング支援策は、企業経由が75%、個人への直接支援が25%となっているが、働く個人がより主体的に選択可能となるよう、この割合を逆転させるべき。同時に、利用者個人が利用しやすい制度にするための制度の柔軟化、関連する施策パッケージの改善を進めるべきである。
例)・デジタル分野等成長分野に資する講座指定の拡充(教育訓練給付 制度等)
・給与所得控除の柔軟化
・キャリアコンサルタント等による申請代行
・オンライン活用等手続きの効率化
② キャリア相談からリ・スキリング、転職までの一気通貫の支援等
個人が民間の専門家に相談した上で、リ・スキリング、転職までが一気通貫で支援される取組を進めていくともに、その中で、優良なリ・スキリング事業者が見える化されていくようにすべきである。併せて、スタートアップを生み育てる環境の整備にも努めていくべきである。
③ 官民連携による個人のリ・スキリング・プラットフォームの創設 労働移動やキャリアアップに有効なスキルを明確化し、労働市場の透明化を図っていくための場を創設すべきである。これと併せ、ハローワ ークや民間人材会社が有する求人・転職に関する基礎的情報を共有し、 効果的に活用できる環境を整備するべきである。さらに、ハローワーク においても、キャリアコンサルティング機能を強化し、在職時からの継続的な相談支援の大幅な充実を図るべきである。
④ 働きながら学ぶ非正規雇用労働者等に対するリ・スキリング機会の検討
企業による「人への投資」の飛躍的強化の必要性は当然の前提とし て、企業内でも訓練機会に乏しい非正規雇用労働者等について、働きながらでも学びやすく、自らの希望に応じたキャリアアップに繋がる柔軟な日時や実施方法によるリ・スキリング支援を検討・実施していくべき である。
⑤ 公的職業訓練制度に係るオンライン活用等手続の効率化、現場の民間教 育訓練事業者からの意見聴取の仕組み等の検討
公的職業訓練制度については、申請のオンライン化やハローワークの就職データの活用による民間教育訓練事業者の業務の効率化を推進する とともに、現場の民間教育訓練事業者からの意見を直接聴取する仕組みの導入等を速やかに実現すべきである。
⑥ 転職前後の賃金上昇を考慮に入れた公的職業訓練制度の運営改善 “就職率は高いが賃金が上がりにくい職種”への訓練がハローワーク において必要以上に推薦されることのないよう、転職前後の賃金を捕捉・比較する方法をまずは検討すべきである。その上で、転職前後の賃 金上昇可能性やその後の熟練度に応じた更なる上昇可能性まで考慮に入れた推薦が行われるよう、制度の運営改善を行うべきである。
3.官民連携を一層強化しつつ、教育段階におけるキャリア形成と高度人材の育成を進めること。
①キャリア教育の充実
小学校・中学校・高等学校の総合的学習の時間におけるキャリア教育 を充実させるべく、実施方法・事例を周知すべきである。また、大学においても、キャリア教育の充実を図るためのカリキュラムの拡充を進めるべきである。
② 大学、高専における実務家教員拡充
大学、高専における人材育成の充実とキャリア意識の向上を図るため、企業等での実務の経験を有する者の積極的な採用や、企業等から招 聘する実務家教員を大幅に拡充すべきである。
③ 大学や高専等の産学連携による高度人材育成
大学や高専等において、企業活動と一体的な教育研究を促進することにより、研究の社会実装と世界で戦う上で必要な高度人材育成を両輪で 進めるべきである。
④ 個人の学び履歴の可視化(デジタル化)と就労支援の連携
働く個人の学び履歴をデータ化することにより、主体的な労働移動の円滑化や更なるスキルアップを促進すべきである。
⑤ 企業が大学等に共同講座を設立して人材育成を行う取組への支援
企業が大学等の高等教育機関に共同講座を設置して人材育成を行う取組への支援を強化すべきである。
Ⅳ.今後の進め方について
① KPIについて
企業による「人への投資」の飛躍的強化の必要性は当然の前提として、リ・スキリング、労働移動、構造的な賃上げの3つを同時に追求していく上では、賃金上昇につながる適切なKPIを設定した上で、官民の取組を推進していくべきである。
② 計画的な進捗確認と見直しについて
三位一体の労働市場改革への対応は、一定期間ごとにその進捗を確認し、 計画的に見直しを行っていくべきである。この点、官民で進捗を確認し、時間軸を共有しながら、取り組んでいくことが求められる。
③ 業種別の対応について
三位一体の労働市場改革への対応は、業種別にも大きく異なることが予想される。業所管省庁と連携の上、知見を出し合いながら、きめ細かな対応を講じていくべきである。
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