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構造的な価格転嫁の実現に向けた提言

構造的な価格転嫁の実現に向けた提言

令和6年5月28日自由民主党 政務調査会
中小企業・小規模事業者政策調査会
競争政策調査会

1.現状認識:構造的な賃上げの実現に向けた構造的な価格転嫁の環境整備の必要性

日本経済の最重要課題「構造的な賃上げ」を実現するためには、構造的な賃上げ原資の確保が必要である。そのため、雇用の 7 割を支える中小企業における「構造的な価格転嫁」の後押しが必要不可欠である。
ここ数年の急激な物価上昇を受け、政府は「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」を策定し、価格交渉月間の強力な推進や実態把握、課題のみられる事業者名の公表など、従来にない対策を講じてきた。その結果、価格交渉や価格転嫁の動きにも進捗がみられる。
他方で、中小企業庁の調査によれば、価格転嫁率は 46%であり、価格を据え置かれている受注者も 2 割存在。そもそも価格交渉を希望したが出来なかった受注者も 1割存在。また、公正取引委員会の調査によれば、サプライチェーンの取引段階を遡り、2次、3次と階層が深くなるにつれて価格転嫁が滞っていることからも、価格転嫁は未だ道半ばである。中小企業の中には、特定の発注者だけに依存しないよう、取引先の多角化・交渉力の強化を図る企業もあるが、今なお、優越的地位を濫用して受注者に不当な取引を強いる「下請いじめ」の事案が絶えない現状は到底、看過できない。こうした状況から脱
却するためには、従来の「良い製品・サービスであっても、安く調達するのが当然」、「受注者はコストを削り、値下げ競争を行うのは当然」、「下請が元請に従うのは当然」、との取引慣行そのものを、経営者の意識とともに、変えていかなければならない。また、これまでは労働力の価値が過小評価されてきたところ、労働人口の減少が進み、その価値はむしろ高まるにつれ、実際に支払われる賃金との乖離が広がっている。適切な水準の賃金が支払われるよう、賃上げが実現する社会へとパラダイムを転換していくことが必要である。
これは、受注者を無条件に保護しようというものではなく、日本経済が人手不足や GX
などの構造的な変化に直面している中で、円滑な価格転嫁がなされなければ、課題克服に必要な投資・賃上げも滞り、安定的な製品供給にも支障が生じかねないことから、価格転嫁は、発注者含めたサプライチェーン全体の維持、強靱化のためでもある。
折しも、株価が 30 年ぶりに史上最高値を更新するなど、数十年にわたり染みついたデフレマインドを脱却し、「物価も賃金もあがる経済社会」へとパラダイム転換を図るチャンスを迎えている。
2024 年春闘では、現時点で平均賃上げ率 5.17%と 33年ぶりの高水準となっているが、今後、賃上げの流れを中小企業も含めて一層波及させ、構造的な賃上げを実現していくためには、構造的な価格転嫁の実現を図っていくことが必要である。
中小企業・小規模事業者政策調査会、競争政策調査会合同会議では、構造的な価格転嫁の実現に向けた論点について、有識者、経済団体、労働団体等からのヒアリングなどを含め、検討を行ってきた。合同会議での議論を踏まえ、中小企業における賃上げ・価格転嫁を後押しし、「デフレ脱却、構造的賃上げが実現する社会へのパラダイム転換」を実現すべく、以下の通り提言する。

2.労務費の価格転嫁、独占禁止法の優越的地位濫用行為規制の徹底
構造的な賃上げを実現していく上では、中小企業の賃上げの原資を確保するため、労務費の適切な価格転嫁を、我が国の新たな商習慣として、中小企業を含めてサプライチェーン全体で定着させていくことが不可欠であり、そのためには、独占禁止法の優越的地位濫用行為の規制を厳格に執行していくことが必要である。

(1) 「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の徹底、厳正な執行
公正取引委員会の実施した特別調査によると、コスト別の転嫁率を中央値でみると、原材料価格
(80.0%)やエネルギーコスト(50.0%)と比べ、労務費(30.0%)は低く、労務費の転嫁は進んでいない状況にある。
この背景として、事業者は、多くの場合、発注者の方が取引上の立場が強く、受注者からはコストの中でも労務費は特に価格転嫁を言い出しにくい状況がある。
このため、中小企業が賃上げの原資を確保できる取引環境の整備の一環として、政府は昨年 11
月に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を策定・公表した。
この指針について、その施行を徹底することにより、労務費の価格転嫁を通じて中小企業の賃上げの原資を確保することが、春季労使交渉が行われている今、全従業員数の7割が働く中小企業を含め、我が国全体で賃金を引き上げていくために、まず第一に重要である。
このため、指針で示された「12の行動指針」の徹底を強く産業界に要請するとともに、行動指針に沿わない行為に対しては、公正取引委員会において、法律に基づき厳正に対処することが必要である。
さらに、指針の徹底と取り組み状況のフォローアップを、政府を挙げて各省庁において実施すべきである。とりわけ、特に対応が必要な22業種については、指針に沿った行動が取られるよう、自主行動計画の策定・改定の徹底、価格転嫁の状況を把握した上での改善策の検討など、各省庁の積極的な働きかけを行うことを求める。
その上で、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の施行を強化するため、公正取引委員会としても、その実施状況について調査を行うべきである。
また、公正取引委員会において、今年3月、相当数の取引先について協議をすることなく価格を据え置いていた10社の事業者名を公表したが、上記の調査の結果、悪質な事業者については、独占禁止法第 43条の規定を運用し、その事業者名の公表を行うべきである。

(2) 独占禁止法の厳正な対応
労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇が取引価格に適切に反映されるよう、政府は実態調査を行い、問題が認められた行為について、独占禁止法に基づき厳正に対処すべきである。

3.下請法に関するもう一段の取組(執行強化、法改正等)
中小企業の構造的な賃上げのためには、サプライチェーンの2次、3次以降の隅々にまで、価格転嫁が構造的に行われていくことが必要。そのためには、上記独占禁止法の厳格な執行に加えて、昭和 31
年の制定以来、下請代金の設定・支払等を規制している下請法の役割が重要である。現状、下請法に基づく勧告件数は年5~10件、中小企業庁による公正取引委員会への勧告の請求(「措置請求」)も年1件程度である。昨年度は、公正取引委員会において、我が国を代表する大手企業に対し下請代金の減額に該当するとして勧告を行うなど、計13件の勧告を行ったが、引き続き、昨年 11月に公表された労務費指針が中小企業の取引にしっかりと活かされることを含め、下請法の厳正な執行を求めたい。
さらに、下請法の直近の改正から約20年が経過しており、この間の経済実態の変化や、今後、
「物価や賃金が構造的に上がっていく経済社会」の実現を見据え、価格転嫁の現状について調査分析を行い、その評価を踏まえ、現行の制度が十分かどうか、検討を行う時期に来ている。適切な価格転嫁を、我が国の新たな商習慣として、中小企業を含むサプライチェーン全体で定着させていく「構造的な価格転嫁」を実現する観点から、下請法については、今後、法改正による対応も含め、以下の方向性で検討すべきである。

(1)下請法の執行強化・面的な執行
ここ数年、中小企業庁の下請 Gメンや国土交通省のトラックGメンなど、各省庁においても取引適正化の取組が行われている。サプライチェーンの隅々まで下請法を行き渡らせていく上では、公正取引委員会による取り組みにとどまらず、各省庁のリソースとも連携した「面的な執行」を図っていくことが重要である。
具体的には、事業所管省庁における調査権限(下請法9条3項)を活用し、事業所管省庁・中小企業庁・公正取引委員会が、各省庁のGメンから得られる情報の共有を強化し、データベース化を図ることで、より幅広い情報源に基づいて法執行に当たる仕組みや、中小企業庁・公正取引委員会双方の下請法担当検査官による勧告・措置請求の強化に向け、検査方針の協議、取引情報収集スキルの向上、下請 G
メンによる受注者・発注者情報の法執行での活用促進などを検討すべき。更に、法違反が疑われる行為に係る、相談窓口や申告・通報先の周知や、法執行での活用等も必要である。
加えて、面的な執行に当たっては、中小企業庁・事業所管省庁の G メン含む執行体制・機能強化に加え、特に重要な役割を担う公正取引委員会の体制(機構・定員)強化が必要である。

(2)「下請」という用語について
下請法における「下請」という用語は、受注者である中小企業が「下」であり、発注者と対等な関係ではないという語感を与えるとの指摘がある。また、発注者である大企業の側でも「下請」という言葉を控える動きもある。
下請法制定時から受注者、発注者の意識も大きく変わってきており、「下請」という用語はもはや時代遅れとなっている。こうした時代の変化に対応し、「下請事業者」に代わる用語を検討すべきである。

(3)買い叩き規制について(価格据え置き取引への対応など)
現在のような労務費、原材料費、エネルギー費等のコスト上昇局面において、価格への反映の必要性を明示的に協議することなく価格を据え置くことは、買い叩きの恐れがあるが、より適切に価格転嫁が行われていくよう、現行の下請法において最大限の取り組みが講じられるべきである。そのため、まずは昨年11月に策定した「労務費転嫁の指針」を徹底すべきである。更に、今年4月、下請法の運用基準について、公表資料によりコストの著しい上昇が把握できる場合において据え置かれた下請代金が、「通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金」に該当することを明らかにした改正案が示されたが、意見公募手続を経て改正された場合には、その周知徹底を進めつつ、積極的に執行していくべきである。
また、運用基準の改正による明確化に加え、もう一段の取組として、コスト上昇局面における価格据え置き行為や、減額での勧告を逃れるための買いたたきなど、価格交渉をせずに一方的に下請事業者の経営を圧迫するような価格を設定する事例にも対応できるよう制度の見直しを検討すべきである。

(4)約束手形による支払について
現金化まで数十日単位で待たざるを得ない約束手形での代金受取は、受注者にとって資金繰り面で大きな負担となっている。今年4月、公正取引委員会は約束手形(電子記録債権やファクタリングを含む)の支払サイトを120日から60日にするよう、下請法に基づく指導基準の変更を行い、今年
11月から運用を開始する旨を公表したが、業界によっては長年の商慣行を大きく改善するものであるため、関係業界への丁寧な周知等により、確実に遵守されるよう取り組むべき。更に、サイトの短縮にとどまらず、資金繰り負担を受注者に寄せる約束手形を利用せずに、代金を60日以内に確実に現金で受け取ることができるようにすべきである。また、約束手形のサイト短縮や利用禁止によって、中小事業者に対して不利益となるファクタリング等の支払手段が強制されることがないか、公正取引委員会・中小企業庁だけでなく事業所管省庁も含め、その実態を監視すべきである。
これらは、下請法対象事業者間の取引だけでなく、大企業間の取引も含めたサプライチェーン全体で取り組むべき課題。そのため、公正取引委員会や中小企業庁だけでなく、事業所管省庁からも、各所管業界に対し、支払サイトの短縮や、現金による支払いを働きかけるべきである。
また、約束手形の利用をやめ、支払サイト短縮等に取り組む親事業者の資金繰り負担を軽減する融資制度の利用拡充など、親事業者に対する資金繰り支援も講じていくべきである。
更に、政府が 2026年に約束手形の利用の廃止を目指していることを踏まえれば、この際、下請代金の支払手段として、資金繰り負担をしわ寄せする約束手形による支払を、少なくとも下請法においては認めない方向で検討すべきである。
その上で、約束手形の利用の廃止に向けたプロセスをロードマップとして示せるよう、検討を進めるべき。

(5)物流の「2024 年問題」への対応
物流の停滞が懸念される「2024 年問題」に直面し、物流事業者の多重下請問題や荷主・物流事業者間の取引について、現在、国土交通省において、標準的運賃の引き上げや、トラックGメンによる是正指導の大幅強化が行われたことに加え、実運送体制管理簿の作成や契約の書面化等の適正な運賃導入を進める改正物流法が成立したところ。荷主・物流事業者間の取引については独占禁止法に基づく告示である「物流特殊指定」の運用を徹底するほか、運賃の適正化に向け、荷主・物流事業者の双方に対し、標準的運賃の活用徹底を促すなど、物流の多重下請問題や荷主・物流事業者間の問題については、国土交通省等の事業所管省庁、中小企業庁、公正取引委員会が連携して関係法令に基づく取組を行っていくべきである。
平成15年の下請法改正においては、役務提供委託として典型的な再委託を対象取引に追加し、物流事業者間の取引を下請法の対象とし、発荷主と物流事業者との間の取引は独占禁止法に基づく物流特殊指定で対応することとした。しかし、発荷主と物流事業者との間の取引は、再委託と同視できるような物流事業者間の取引と類似の構造にあり、かつ、今般、物流の「2024年問題」に見られるように、長時間の荷待ちや無償での荷役の強制など、発荷主と物流事業者との間の問題も深刻化していることも踏まえ、物流の「2024年問題」の解決の後押しとなるよう、発荷主と物流事業者との間の取引についても下請法の対象とすることについて検討すべきである。

(6)下請法の適用基準
下請法の適用基準については、迅速かつ効果的な法執行のため、必要な範囲の取引を適用対象として捉えられているかとの観点から、現在の親事業者と下請事業者の取引状況に関する資本金区分別の取引数や構成比率などのデータや適用を逃れる事例の有無などを収集し、そのデータや事例を基に下請法の適用状況を把握し、検討していくべきである。

(7)罰則
下請法が、下請事業者が被った不利益の原状回復など、迅速かつ効果的に、下請取引の公正化・下請事業者の利益保護を図る制度であることを踏まえると、今後の執行強化の効果を分析しながら、事案の悪質性の視点なども踏まえ検討を進めていくべきである。

(8)その他(「下請法逃れ」への対策、知的財産の無償提供への対応等)
下請法の実効性をより高めるため、脱法的な「下請法逃れ」を防止する手当て特に、資本金を操作して下請法の適用を逃れるような行為に対する方策を検討すべきである。そのほかにも、下請法違反により「勧告」を受けた企業には「補助金交付や入札参加資格の停止」とするなど、下請法の実効性を高めるための方策を検討すべきである。
また、受注者の知的財産を無償で提供させる行為等には、下請法での対応を強化すべき。併せて、知的財産の保護や活用の重要性を、中小企業に対し更に普及啓発すべきである。
パートナーシップ構築宣言を実施しておきながら、下請法違反行為を行っている企業が存在することを踏まえ、パートナーシップ構築宣言の実効性を検証するべきである。

【以上】

中小企業・小規模事業者政策調査会、競争政策調査会 合同会議の開催実績

○ 令和6年2月21日(水)議事
・ 価格転嫁の現状について(中小企業庁)
・ 下請法の執行状況、約束手形の支払サイトへの対応(公正取引委員会)
・ 物流 2024 年問題への対応(国土交通省)
・ 有識者ヒアリング(多田英明 東洋大学法学部法律学科教授)

○ 令和6年2月27日(火)議事
・ 価格転嫁の現状や下請法の課題についてのヒアリング
(全国中小企業団体中央会、日本労働組合総連合会、多田敏明 日比谷総合法律事務所弁護士)

○ 令和6年3月5日(火)議事
・ 下請法に関する中間整理(案)について

○ 令和6年4月12日(金)議事
・ 価格転嫁・取引適正化に関する公正取引委員会・中小企業庁の取組

○ 令和6年4月17日(水)議事
・ 価格転嫁の現状や下請法の課題についてのヒアリング
(日本経済団体連合会、日本商工会議所、全国商工会連合会、全日本印刷工業組合連合会)

○ 令和6年5月14日(火)議事
・ 構造的な賃上げ環境の実現に向けた論点整理について

○ 令和6年5月21日(火)議事
・ 構造的な価格転嫁の実現に向けた提言(案)について