構造的な賃上げ環境の実現に向けた提言(中間論点整理)
構造的な賃上げ環境の実現に向けた提言(中間論点整理)
令和6年3月7日
自由民主党政務調査会
中小企業・小規模事業者政策調査会
競争政策調査会
1.現状認識:構造的な賃上げの実現に向けた構造的な価格転嫁の環境整備の必要性 |
日本経済の最重要課題「構造的な賃上げ」を実現するためには、構造的な賃上げ原資の確保が必要である。そのため、雇用の7割を支える中小企業における「構造的な価格転嫁」の後押しが必要不可欠である。
ここ数年の急激な物価上昇を受け、政府は「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」を策定し、価格交渉月間の強力な推進や実態把握、課題のみられる事業者名の公表など、従来にない対策を講じてきた。その結果、価格交渉や価格転嫁の動きにも進捗がみられる。
他方で、中小企業庁の調査によれば、価格転嫁率は46%であり、価格を据え置かれている受注者も2割存在。そもそも価格交渉を希望したが出来なかった受注者も1割存在。中小企業の中には、特定の発注者だけに依存しないよう、取引先の多角化・交渉力の強化を図る企業もあるが、今なお、優越的地位を濫用して受注者に不当な取引を強いる「下請いじめ」の事案が絶えない現状は到底、看過できない。こうした状況から脱却するためには、従来の「良い製品・サービスであっても、安く調達するのが当然」、「受注者はコストを削り、値下げ競争を行うのは当然」、「下請が元請に従うのは当然」、との取引慣行そのものを変えていかなければならない。また、これまでは労働力の価値が過小評価されてきたところ、労働人口の減少が進み、その価値はむしろ高まるにつれ、実際に支払われる賃金との乖離が広がっている。適切な水準の賃金が支払われるよう、賃上げが実現する社会へとパラダイムを転換していくことが必要である。
これは、受注者を無条件に保護しようというものではなく、日本経済が人手不足やGXなどの構造的な変化に直面している中で、円滑な価格転嫁がなされなければ、課題克服に必要な投資・賃上げも滞り、安定的な製品供給にも支障が生じかねないことから、価格転嫁は、発注者含めたサプライチェーン全体の維持、強靱化のためでもある。
折しも、株価が30年ぶりに史上最高値を更新し、上場企業は過去最高の決算を見込むなど、数十年にわたり染みついたデフレマインドを脱却し、「物価も賃金もあがる経済社会」へとパラダイム転換を図るチャンスを迎えている。
2024年春闘が山場を迎える今、構造的な賃上げを実現していくためには、構造的な価格転嫁の実現を図っていくことが必要である。中小企業における賃上げ・価格転嫁を後押しし、「デフレ脱却、構造的賃上げが実現する社会へのパラダイム転換」を実現すべく、以下の通り提言する。
2.労務費の価格転嫁、独占禁止法の優越的地位濫用行為規制の徹底 |
構造的な賃上げを実現していく上では、中小企業の賃上げの原資を確保するため、労務費の適切な価格転嫁を、我が国の新たな商習慣として、中小企業を含めてサプライチェーン全体で定着させていくことが不可欠であり、そのためには、独占禁止法の優越的地位濫用行為の規制を厳格に執行していくことが必要である。
(1)「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の徹底、厳正な執行
公正取引委員会の実施した特別調査によると、コスト別の転嫁率を中央値でみると、原材料価格(80.0%)やエネルギーコスト(50.0%)と比べ、労務費(30.0%)は低く、労務費の転嫁は進んでいない状況にある。
この背景として、事業者は、多くの場合、発注者の方が取引上の立場が強く、受注者からはコストの中でも労務費は特に価格転嫁を言い出しにくい状況がある。
このため、中小企業がその原資を確保できる取引環境の整備の一環として、政府は昨年11月に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を策定・公表した。
この指針について、その施行を徹底することにより、労務費の価格転嫁を通じて中小企業の賃上げの原資を確保することが、春季労使交渉が本格化する今、全従業員数の7割が働く中小企業を含め、我が国全体で賃金を引き上げていくために、まず第一に重要である。
このため、指針で示された「12の行動指針」の徹底を強く産業界に要請するとともに、行動指針に沿わない行為に対しては、公正取引委員会において、法律に基づき厳正に対処することが必要である。
さらに、指針の徹底と取り組み状況のフォローアップを、政府を挙げて各省庁において実施すべきである。とりわけ、特に対応が必要な22業種については、指針に沿った行動が取られるよう、各省庁の積極的な働きかけを行うことを求める。
その上で、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の施行を強化するため、公正取引委員会としても、その実施状況について調査を行うべきである。
また、悪質な事業者については、独占禁止法第43条の規定を運用し、公正取引委員会において、適切な処理を行うべきである。
(2)独占禁止法の厳正な対応
労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇が取引価格に適切に反映されるよう、政府は実態調査を行い、問題が認められた行為について、独占禁止法に基づき厳正に対処すべきである。
3.下請法に関するもう一段の取組【検討が必要と思われる論点と、検討の方向性】 |
中小企業の構造的な賃上げのためには、サプライチェーンの2次、3次以降の隅々にまで、価格転嫁が構造的に行われていくことが必要。そのためには、上記独占禁止法の厳格な執行に加えて、昭和31年の制定以来、下請代金の設定・支払等を規制している下請法の役割が重要である。現状、下請法に基づく勧告件数は年5~10件、中小企業庁による公正取引委員会への勧告の請求(「措置請求」)も年1件程度であり、まずは、昨年11月に公表された労務費指針が中小企業の取引にしっかりと活かされることを含め、下請法の厳正な執行を求めたい。
さらに、下請法の直近の改正から約20年が経過しており、この間の経済実態の変化や、今後、「物価や賃金が構造的に上がっていく経済社会」の実現を見据え、価格転嫁の現状について調査分析を行い、その評価を踏まえ、現行の制度が十分かどうか、検討を行う時期に来ているのではないか。主な検討事項は、以下のとおり。
(1)下請法の執行強化・面的な執行
ここ数年、中小企業庁の下請Gメンや国土交通省のトラックGメンなど、各省庁においても取引適正化の取組が行われている。サプライチェーンの隅々まで下請法を行き渡らせていく上では、公正取引委員会による取り組みにとどまらず、各省庁のリソースとも連携した「面的な執行」を図っていくことが重要である。
具体的には、事業所管省庁における調査権限(下請法9条3項)を活用し、事業所管省庁・中小企業庁・公正取引委員会が、各省庁のGメンから得られる情報の共有を強化し、データベース化を図ることで、より幅広い情報源に基づいて法執行に当たる仕組みや、中小企業庁・公正取引委員会双方の下請法担当検査官による勧告・措置請求の強化に向け、検査方針の協議、取引情報収集スキルの向上、下請Gメンによる受注者・発注者情報の法執行での活用促進などを検討すべき。更に、法違反が疑われる行為に係る、相談窓口や申告・通報先の周知や、法執行での活用等も必要。
(2)「下請」という用語について
下請法における「下請」という用語は、受注者である中小企業が「下」であり、発注者と対等な関係ではないという語感を与えるとの指摘がある。また、発注者である大企業の側でも「下請」という言葉を控える動きもある。他方で、受注者保護の法目的に関わる問題との指摘や、「受注者と対等ならば、配慮も不要」との誤解を防止する必要もある。
下請法制定時から受注者、発注者の意識も大きく変わってきており、「下請」という用語はもはや時代遅れとなっている。こうした時代の変化に対応し、適切な報酬が支払われる観点も含め、用語の見直しも検討すべきではないか。
(3)買い叩き規制について(価格据え置き取引への対応など)
現在のようなコスト上昇局面において、価格への反映の必要性を明示的に協議することなく価格を据え置くことは、買い叩きの恐れがあるが、より適切に価格転嫁が行われていくよう、現行の下請法において最大限の取り組みが講じられるべきである。そのため、まずは昨年11月に策定した「労務費転嫁の指針」の徹底や、下請法の運用基準の更なる見直しも検討すべきである。
また、下請法の買いたたき規制について、賃上げ原資の構造的な確保のため、「構造的な価格転嫁」が実現できるよう、価格据え置き行為も含め、買いたたき規制の在り方を検討すべきである。
(4)約束手形による支払について
現金化まで数十日単位で待たざるを得ない約束手形での代金受取は、受注者にとって資金繰り面で大きな負担となっている。先月、公正取引委員会は約束手形の支払サイトを120日から60日にするよう、下請法に基づく指導基準の変更を行う旨を公表したが、業界によっては長年の商慣行を大きく改善するものであるため、関係業界への丁寧な周知等により、実際に遵守されるよう取り組むべき。
更に令和8年を目途とした約束手形の利用の廃止への取組も重要。約束手形の利用の廃止に向けたプロセスも示せるよう、下請法における約束手形の取り扱いも含めた検討を進めるべき。
(5)物流の「2024年問題」への対応
物流の停滞が懸念される「2024年問題」に直面し、物流事業者の多重下請問題や荷主・物流事業者間の取引について、現在、国土交通省において、標準的運賃の引き上げや、トラックGメンによる是正指導の大幅強化に加え、実運送体制管理簿の作成や契約の書面化等の適正な運賃導入を進める法律案を国会に提出している。これを踏まえ、国交省とも一層緊密に連携するとともに、荷主と物流事業者の取引については、独占禁止法に基づく告示である「物流特殊指定」の運用を徹底するほか、下請法においても物流を重要な分野と位置づけ、荷主と物流事業者との関係の適正化、物流の多重下請問題への対応など、必要な検討を行うべき。また、運賃の適正化に向け、荷主・物流事業者の双方に対し、標準的運賃の活用徹底を促すべき。
合同調査会では、上記の項目のほか、「下請法の適用基準(資本金)」、「罰則」等についても指摘がなされた。政府に対しては、今般の提言(中間論点整理)を受けた対応を求めるとともに、合同調査会では、下請法を巡る論点について更に検討を深め、夏までに提言として取り纏める。【以上】